卒業
今週のお題「卒業」
高校時代によく聴いた歌。
この歌の締めくくりである『この支配からの卒業』というワンフレーズがある。
最後の最後に、このフレーズに繋がる歌詞は
仕組まれた自由に、誰も気付かずに、あがいた日々も終わる。
この支配からの卒業。
である。
高校生であった少年には『仕組まれた自由』の意味が理解できなかった。
10年以上の時を経て、ようやく自分の解釈へと辿り着いた。
自由と孤独は抱き合わせ。
不自由と賑やかさもまたセットである。
さあて、本当に自由を謳歌出来るほど強い人間はどこにいるのだろうとふと思った事がある。
孤独を本当に楽しめる人間だけが自由を享受することがもし出来るとすれば、不自由や束縛を求める人が世の中の大半なのではないだろうか?
本当に孤独を楽しめる人間は、恐らくまわりから見れば孤独に見えないだろうから、どれだけの割合で自由を謳歌している人がいるかは未知数であると考える。
自由と孤独はセット、切っても切り離せない。
ましてや、10代の少年にその孤独を受け入れられる隙間は、心の中にどれだけ存在しているのか。
人は言う。
『自由を謳歌するには責任も必要なのである。』
自由と責任はセット?
仕組まれた自由とは、まさにこんな事を言うのだと解釈した。
そもそも責任が発生した時点で、それをなぜ『自由』と呼ぶ事ができるのか?
責任とセットとなるのは、明らかに不自由なのである。
少年たちは、間違いなく仕組まれた自由の中で、自由に生きていた。
あくまで私の解釈である。